阪急ブレーブスの思い出1

Pocket

関西で生まれ育ったため、周囲は阪神ファンが多い。

物心がついた小学生時代、阪神は2位か3位のチームだった。でも、パ・リーグには強い阪急ブレーブスがあった。

当時、関西には電鉄系の阪急、南海、近鉄が球団を持ち、テレビでは関西テレビが阪急、朝日とよみうりテレビが近鉄、毎日放送が南海戦を放送していた。視聴率が低くても、土曜の夕方にはTV中継を見ていた記憶がある。

強い阪急への憧れだけでファンになったような気がする。小学1年の時に阪急が広島を下して、初の日本一にになっているが、ほとんど選手の名前すら知らなかった。その後、3年リーグ優勝を続けるが、この時、主力の福本、加藤、山田は30歳前後、今で言う広島の田中、菊池、丸のような存在であった。

選手の思い出はまた、書くことにしますが、地上波でも地元球団を応援する番組があり、確か土曜の夕方には阪急の選手が少年野球の指導をして、夕暮れの中、阪急ブレーブスの音楽が流れる中去っていくエンディングの番組があった。

この文章を書いているだけでも、本当に懐かしく思う。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA